
●群馬県の上毛新聞社の高崎のみ約6200部毎週金曜に
発行の折り込み紙です。月末の連載予定です
楽しみにしてください
私は果物の中で桃が一番好きです。だから、榛名を通る国道406号が「くだもの街道」と呼ばれているのを知ったとき、なんだかとても新鮮に感じましたが、実際に桃が売られているのは初めて見ました。様子をうかがいながら道を何度も往復してみます。あちこちの店の前には、桃やプラムが描かれた色とりどりの看板が出ています。道沿いのにぎやかさを描いてから小さな店に入りました。
店の中には腰が曲がったおばあさんがちょこんと座っています。「おばさんを描いてもいい? 看板娘になってくれないかな?」と聞くと、「動けないから運んでくれないか」と言います。おばあさんを腰掛け車に乗せ、話が始まりました。
83歳になるというおばあさんは、自分の生い立ちから話し始めます。兄はニューギニアで戦死したそうです。8月のこの時期、なんだか心にしみいります。今年の6月には、このあたりでヒョウが降ったそうです。桃畑はおじいさんが守っているのですが、たくさんの桃に傷をつけてしまい、残念でたまらないと言います。見ると後ろに少し傷ついた桃が並んでいます。
「おじさんも絵に入れていいかな?」。おじいさんは「いいよ」と答えて、きちっと立ちます。「写真じゃないから桃の整理でもなんでもいいよ」と声をかけます。でもしっかり立ってポーズしてくれます。
絵を描き終えて片づけていると、なにやら私のお尻を触る気配がします。後ろを見るとおばあさんが触っています。「ここで何十年も桃を売っているけど、絵描きが来たのは初めてだ。きっと御利益があるだろう」。私が桃を選び始めると、おじいさんが「ヒョウで傷ついたけど全く平気だよ」と買った以上の桃を入れてくれます。なんとも心温まる時間を過ごしました。
娘さんが勤めている学校に新聞を届ける約束をしました。お礼に桃の絵を描いて私の本と一緒に渡し、夕焼けに染まり始めた空を見ながら家路につきました。子供たちはもう桃を作っていないそうです。年老いた夫婦が守る桃屋さんには、いつまでも続いてほしいものです。来年また会いに来るからね。